慰物語（１）少年が覚えた「悪いこと」僕はこの頃悪いことを覚えた。これは甚だ書きにくい事だが、これを書かないようでは、こんな物を書く甲斐がないから書く。西洋の寄宿舎には、青年の生徒にはこれをさせない用心に、両手を被布団の上に出して寝ろという規則があって、舎監が夜見廻るとき、その手に気を附けることになっている。これは森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』のなかの一節です。主人公の名は金井湛（しずか）君。六つ、七つ、十・・・二十一と、その年齢に応じた性体験が列記されています。引用したのは、金井少年が十四歳のときのことです。この作品が発表されたのは、明治４２年の雑誌『スバル』第７号でした。そして発行しておよそ１か月後に発売制止となりました。今日の眼で読めば、「一体、どこがいけないの」と首をひねりたくほど、さらりと典雅に表現された性の体験記です。鴎外は、その「悪いこと」について何も具体的には記していません。おかげで、性に無知であった少女時代の私は、兄の本箱から引っ張り出して読んだとき、ちんぷんかんぷんでした。もちろん、あなたはすぐにおわかりでしょう。そう、「自慰」ですね。夜寝るとき、手を布団の上に出させるのは、ペニスに触らせない、すなわち自慰をさせないためです。こうしたしつけは、日本でもかなり行われておりました。続きます。