夏蜜柑なつみかん

动漫游戏时间:2024-04-28 22:58:49点击:21483


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「ライジェ殿下♡」

見え透いた媚びの言葉。わざとワントーン高くした声。最早見ない日はないくらい、お馴染みのおねだりポーズ。それらが揃うと面倒なことになるのだと、この二年弱で学んだライジェは、頬を引きつらせた。

場所はおなじみ雷家の屋敷。メイドまでいる由緒正しいαの家系の第一子に、こうもあからさまに強請る者など、ホーキンスを除いて他に居ないだろう。あるとしてもおだてて調子に乗らせてからとか、ライジェの様子を恐る恐る見ながらからというのが常であった。

まぁそれも、彼もまたαだからかもしれないが、それにしたってもう少し隠そうとは思わないのだろうか。にこにことした視線が突き刺さる中、思考が現実逃避を始める。

しかしそれを見計らったように、「殿下~聞いてますか~」とせっつかれてしまった。大きなため息をこぼしながら、何用かと問う。

「俺ぇ、ケーキが食べたいんですけど♡」

「今週の分はもう清算済みだったかと思うが」

「えぇもちろん、お仕事の分はもうもらってます。だからこれは、俺の、情人としてのお願いです♡」

「お前、情人という単語を出せば免罪符になると思っていないか……」

「あ、バレました」

「バレバレだ馬鹿たれ。……それに、情人としての申し出というなら、その、殿下呼びは他人行儀で好かん」

「え~そっちから呼べって言ったくせにな~んて、冗談ですよ、レグ、眉間に皺なんて寄せたら、可愛い顔が台無しです」

つんつん、と眉間をつつきながら「まぁそこも可愛いんですけど」と調子の良いことを言った。それで多少でも機嫌が上向くのだから、ライジェも相当、毒されている。

「ともかく、今回は奢って欲しいとかそうじゃなくって!俺、レグの作ったケーキが食べたいんですよ!!」

曰く、カミルの誕生祝いに作っていたのを知って、羨ましくなったのだと言う。情人の手操持、しかもお菓子となれば、男子としては是非にも食べたいものなのだと力説した。自分のために手間暇かけて作られた至高の逸品。付き合ってそこそこ経つが、手操持と言うのは全く話題に上がらなかったので、作れない――否、作らないものなのだと諦めていたのだが。

これが弟のためとなると、メイドがいるにも関わらず、自ら厨房に立って作ったとあれば、嫉妬せざるを得ないだろう。まぁ、そのケーキはライジェではなく、ライシーが作ったことにされているらしかったが。SNSに疎いライジェは、そんな事とも知らずに今日も幸せに生きているので、ホーキンスとしてはそっとしておきたいところである。

「そ、そういうものか……」

「世間一般にはそういうものなんですよ~!」

「ならお前の誕生日まで待てばいいだろう、先にわかっていれば、いくらでも作りようがある」

「ヤです~!結構間空くし……そもそもレグ、俺の誕生日知らないって口ぶりですね……」

情人ポイントマイナス五点ですよ!

ぷん!と頬を膨らませ、遺憾の意を表明するように、稲妻型のアホ毛がみょいんみょいんと揺れている。そんなに不況を買うことだったかと、男はたじろいでしまった。滅多なことでは怒らない――怒ることすら面倒くさがる――少年なので、余計に自分の落ち度を感じてしまうのだった。

それすら術中だと知らぬまま、「情人の誕生日を把握してなかった罰として、やっぱりケーキ、作ってくださいね!」と押し切られてしまうのだった。

*****

そして今、ライジェは家の厨房を借りている。カミルの時にそうしたように、三角巾をつけて、エンプロをつけて立っていた。依然と違うとすれば、割烹着型のエプロンだったのを、「これ来てください♡」と押し付けられた、ピンクの記事にフリルのついた、どう考えても成人男性が身に着けるべきではなさそうなエプロンになっていることだろうか。

一度は拒否しようと思ったものの、まだ溜飲の下がらない様子のホーキンスを見ては、これ以上怒りを長引かせるのも面倒だと、大人しく身に着けることを選んだのだった。女性用かと思ったそれが、ぴったり男性丈だったので、なにか知らなくていい世界に触れてしまった気がしたライジェであった。

「ところでホーキンス」

「なんですか」

「お前、作っているところをずっと見ているつもりか」

「え、いけませんか情人が俺のために頑張って作ってるところ、眺めてたいな~って思うのは」

「構わんが……手伝う気は」

「ないですねぇ」

清々しいほどの即答に、呆れを通り越した悟りの境地に至りそうだった。そうだ、そうだった、このホーキンスと言う少年は、こういう男だったと思いながら、渋々ケーキ制作に取り掛かる。

今回は何かの祝いと言うわけでもないので、一段だけのケーキで良いだろう。何か言われたら、それこそ誕生日に、と言えば良いのだ。

先に小麦粉や砂糖を計っておき、小麦粉はよくふるいにかけて準備しておく。卵をボウルに六つ割り入れ、一回り大きなボウルには人肌よりあたたかいくらいのお湯を張って重ねた。こうすることでたんぱく質である卵が固まり、泡が消えにくくなるのである。あとはこの卵を、一心不乱に泡立てる。親の仇かと言うくらいにかき混ぜる。

実は雷家には泡だて器なるものも存在していたが、普段厨房に入らないライジェは知る由もなかった。なので気合での共立てである。途中で砂糖を加えてさらにがっしゃがっしゃとかき混ぜる。無の境地に達しているのか、頬に卵液が飛んでもお構いなしといった具合だった。

「レグ、レ~グ」

「……ん、なんだ。ここから先はスピード勝負なんだが」

「一生懸命作ってくれてるのは嬉しいんですけども、顔に卵液飛んでますよ」

ほらこっち来て、と言われて、ボウルを抱えたまま素直に近寄ると、ぺろり、生暖かい感触が頬を伝った。ボウルに意識を取られていた男は、数拍置いてから舐められたことに気が付いて、取り落としそうになる。

「な、なんっ、……!」

「うーん、ただ甘いだけの卵液ですね。やっぱり完成品でないと」

「手で!拭え!馬鹿!!」

「語彙力が低下してますよ~それにそんな大声出したら唾飛んじゃいますよ。俺は別に構いませんけど、完璧を目指すレグなら、そういうの気になっちゃうんじゃありません」

「ぐ、ぬぬ……!」

ライジェの扱いに慣れきったホーキンスは、あっという間に手玉に取って、反論を紡ごうとした男の口を、ただぱくぱくと開閉させるだけに留めた。

「それに早くしないと泡消えちゃいますし」

「!しまった、そうだった……!」

腕力だけで立てられた泡は、機械で立てたものよりもどうしても大粒になりがちだ。素人が作っているならなおのこと。それをつぶさないように小麦粉を篩い入れ、さっくりと切る様に混ぜていく。サラダオイルと牛乳も少々。これを肩に流し込み、一六〇度に予熱したオーブンで四十分ほどブンすればスポンジ土台は完成する。

さてその間に、使い終えたボウルや秤、篩などを洗ったり干したりして片付けると、ライジェは少年に向き直った。彼は頬杖をついて、やにさがった顔で男を見ていた。それが実に嬉しそうに幸せそうに笑うので、急なおねだりも許容できてしまう。ホーキンスはこれほど表情のわかりやすい男だっただろうかと思いながら、焼きあがるまでの時間について、少年に声をかけた。

「ここから先はオーブン任せだ。膨らむのをずっと眺めていてもいいが、急な話だったからトッピングの材料がない。生クリームと……あとはフルーツの類を買って来ようと思う。お前は何がいいんだ」

「ん~今回はレグの作ったお菓子が食べたいので、全部お任せにしちゃってもいいですかレグが俺のために、どんな飾り付けしてくれるか楽しみにしてるんで

「ハードルをあげるんじゃない!素人の個人製作だぞ!」

「いいんですよ、どんな不格好でも、レグが俺のためを想って作ってくれるなら。それに、一応ここで見張ってる役も必要でしょう一緒に買い出しっていうのも夫婦みたいでいいですけど、それはまた今度の楽しみに取っておきますね」

ホーキンスの言葉が、男の癇に障った。どんなに不格好でも、などと。完璧主義のライジェにとっては、耐えがたい屈辱である。こうなったら意地でも、あっと言わせてやるのだと、とこは静かに決意した。

メラメラと燃え立つ低廉甜头心を背負って、男は買い物かご片手にスーパーへ出かけて行った。すっかり自分がフリルエプロン姿であることを忘れているらしかったが、少年は敢えてそれを言ってやるほど、親切でもなかった。

*****

帰って来た男はやはり般若のような顔に、愛らしいフリルエプロン姿に、イチゴがたっぷりつまった買い物かごを携えて戻って来た。おそらく顔が怖すぎて、誰にもその姿について突っ込まれなかったのだろうと少年は予測する。

ともかく、男は戦利品のイチゴと生クリーム、そして国産みかんと黄桃の缶詰、皮ごと食べられるマスカットを次々に台の上へ広げた。

ケーキはすでに焼き上がり、途中メールで指示が合った通り、オーブンから出して粗熱を取ってある。型から取り外したそれを回転台の上にのせると、ライジェは几帳面に、正確に、よく膨らんだスポンジの中央を、水平に一刀両断した。

切り口は美しく、また、きめも細かいすばらしい出来のスポンジケーキである。その上に、これまた気合でかき混ぜ泡立てた生クリームを塗り、みかんをらせん状に美しく並べると、もう片方のスポンジにもクリームを塗ってサンドした。多少のずれを直してから、ケーキの天辺と側面にもたっぷりのクリームを塗りつけていく。

「は~、器用なもんですねぇ」

「二度目だから、コツを掴めばいくらでも、どうとでもなる」

その腕前は、まだ二回目だというのに、職人内の正確さであった。ライジェの気質がなせる業だった。

さて、ここまではカミルの時とそう変わらない手順である。向こうの方が二段構えだったので手間ではあったが、やっていることは変わらない。ここからが、「不格好でも」なんて言葉を撤回させるための勝負所だった。

ライジェはイチゴのへたをとると、薄くスライスしていった。それを横にずらしてイチゴの帯を作ると、端からくるくると巻いて行く。これには、「イチゴは丸ごとでいいのに~」と茶々をいれたホーキンスも目を丸くした。

そしてそれを、気持ちクリームを厚めに塗った天辺に乗せ形を整える。するとどうだろう。真っ白なキャンバスには、イチゴでできた薔薇が咲いたではないか。少年は口を開けてぱちぱちと拍手している。それに気をよくしたライジェは、黄桃でも同じように薔薇を作って見せた。

繰り返していけば、あっというまにケーキには赤と黄の薔薇が咲き乱れ、ところどころにマスカットで緑を添えて葉も演出した力作となった。搾り袋で軽く縁をデコレーションしてやれば、完成とばかりにライジェは息をつく。

「そら、できたぞ。これでも不格好だなんて言えるか」

「いやぁ~、おみそれしました……それにしてもすっごいですね、お店出せそうですよ」

言いながらホーキンスはスマホを取り出し、ぱしゃー、ぱしゃー、とその完成品を余すことなく撮っている。ついでに、誇らしげに腕を組むライジェとのツーショットもカメラに収めた。その頬にはやはり、生クリームが飛んでしまっていたが、あまりにも集中して作っているので拭いそこねたものである。

「あ、レグ、ピースしてください、ピース。SNSに上げるんで顔は移しませんけど、情人に作ってもらった自慢したいんで」

「こうか」

「そうそう、良い感じです。んふふ、レグが俺だけのために作ってくれたケーキ、とっても嬉しいですよ」

そう笑う頬の緩みっぷりは相当なもので、普段の死んだ目が嘘のように、年相応の少年に見えて、ライジェは不覚にもきゅんと来てしまった。照れ隠しに切り分けようとすれば、勿体無いなぁと言いながらも、腹ペコらしいホーキンスはすっかり食べる体制になっている。

六等分したうちの一ピースを皿にのせ、少年の据わるカウンター席へ、フォークと共に差し出す。普段はコーヒー派の男は、ケーキならば紅茶だろうと、それも手ずから淹れてくれた。

喜色満面でいただきます、と手を合わせたホーキンスは、そこではたと思い立った。

「ねぇレグ、折角だから『はい、あ~ん』もしてくれません」

「はぁいつもお前がやってくるあれか」

「ええそれです、あれも男としては通過しておきたいところでして」

この際ですから、ねね

ごり押しでそう言われてしまえば、感覚が麻痺してきているライジェは、もうそのくらいならいくらでもやってやろうと、添えたフォークを手に取った。ピースの先、イチゴの薔薇の花弁が載ったその部分を突き刺して、一口分を掬い上げる。

「ほらホーキンス、あ~」

「あ~、ん!」

ぱか、と口を開けた少年の口にフォークをそっと差し込む。これが結構難しく、相手の口内や喉を突いてしまわないように気を使わなければいけない。男はえずいたことなどないので、相当大事にされているのだろうと、身を以って実感する。

それに、無防備に口を開くホーキンスは、存外愛らしかった。なるほど、彼がやたら食事を分けて来るのもうなずけると、一人納得したライジェであった。

「どうひたんれすか、神妙な顔して」

「食べながらしゃべるんじゃない。ただ……そう、ケーキの感想が気になっただけだ」

「ふゥんまぁそういうことにしておいてあげましょう。ケーキの方はそりゃもう!絶品ですよ!これが丸ごと俺のだと思うと幸せだなぁ~♡あ、レグも食べてみます前回も味見とかはしてないでしょう」

そう言って男の手からフォークを奪い取ると、次の一口をライジェの口元へ運ぶ。そこまですると条件反射で口を開いてしまうあたり、よくよく調教されたものだった。

ケーキはスポンジとクリームの甘さを控えめに、フルーツの甘さを際立たせる構成になっており、使ったイチゴの酸味のある甘さと、黄桃のとろりとした甘さ、マスカットのさっぱりとした甘さ、間に挟んだみかんの酸味とが合わさって、絶妙なハーモニーを生み出していた。確かに、これなら絶品にふさわしい出来だろうと、男は誇らしくなる。

「美味しかったですか」

「この俺が作ったんだ、当然だろう」

ふふん、と得意げに言うライジェの頬には、相変わらずクリームが鎮座していて様にならない。少年は苦笑して、カウンター席から伸びあがって男に顔を近づけた。右手でその顎を掴み、人差し指で頬を撫でつつクリームを拭う。

そして。

「ばっ、なんッ、お前、ホーキンス……!」

「俺としてはこのくらい、甘くてもよかったんですけどね」

ちゅ、とかわいらしいキスを贈った。互いに食べたケーキの甘さが唇に残っている。

「このくらいも何もあるか!甘いとかそういうものじゃないだろう!」

「え~俺はいつも甘いなぁって思いながらキスしてますけど。それに、頬っぺたのクリームはちゃんと手で拭いましたよ」

指先で拭ったクリームをぺろりと舐めながら少年は笑った。その舌先を見ていると、やけに口の中が甘ったるくなって、男はホーキンスのために入れた紅茶を飲み干してやった。

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